宮津城の遺構を伝える「たも」の木がアオサギの巣に!


宮津警察署の対面で国道178号線にある「たも」の木…
今年は産卵期を迎えた20羽程のアオサギの巣になっています。
交通量が多い場所で独特の鳴声、羽の音、臭い、フン…
そして、数少ない宮津城の遺構を伝える「タモ」の木が枯れないだろうか?
国道を管理する京都府丹後土木事務所へ宮津市教育委員会から対策を依頼しています。
古川輝夫さんのCG動画「よみがえる宮津城」で正確に再現された「たもの木」の周辺。
今の国道と警察署は左手の空地辺りです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B4%A5%E5%9F%8E?fbclid=IwAR3ehGYGyZEcu4rnuL70q6mKresEvS-nGvgFll4oWu0bSXuRn298Bhpe9xk

宮津城の内堀と海に面する辺りに「たもの木」があります。
(古図の中央やや右上辺り)

みやづ市議会だより2019.5


5月20日に市内各戸へ「みやづ市議会だより 第95号」が配布されました。
今回のトピックスは、3月議会で可決した今年度の当初予算や昨年11月の現職議員の逮捕を踏まえた「政治倫理条例」の制定です。
尚、財政悪化に対応し、今回より従来のカラーから白黒印刷に変更して年間経費を約30万円節減することになりました。
「議会だより」は宮津市議会のHPでもご覧頂けます。
http://www.city.miyazu.kyoto.jp/…/i…/gikai/dayori/dayori.htm

清掃工場建設の土砂流入対策に60百万円が追加 ~宮津与謝環境組合議会~

1999年に京都府ゴミ処理広域化計画が策定され、2002年から宮津市・伊根町・与謝野町(当時は加悦町・岩滝町・野田川町)による広域処理を開始しました。
現在、燃やすゴミは宮津市清掃工場、資源ゴミの一部は宮津市リサイクルセンター、その他は各市町で処理しています。
これら広域処理施設の管理運営は、各施設を所有する宮津市に対して伊根町と与謝野町が事務委託し、1市2町が事務を共同しています。
本日、同議会の臨時会が開催され、建設中の清掃工場に隣接する林野から土砂が流入する対策の「防災施設整備事業」として一般会計補正予算60百万円(宮津市負担分26百万円※)が可決されました。
尚、新たな清掃工場建設の予算額累計は6,346百万円で、宮津市負担分は1,649百万円※です。
※人口割で負担、宮津市は約43%

宮津祭 最終日

宮津祭の3日目は好天に恵まれ、あちこちから笛と太鼓の音色が町中に溢れました。
亀ヶ岡には露店がでて賑やかさが増し、今年の宮津祭も幕を閉じました。

JR九州の石井幸孝 初代社長が宮津祭で里帰り!

1987(昭和62)年から2002(平成14)年までJR九州の初代社長・会長を務められた石井幸孝さんは、在任中「デザイン戦略」に注力されました。
工業デザイナーの水戸岡鋭治さんを起用して斬新なデザインの特急車両による他の交通機関との差別化に成功、当初厳しい経営が予想されたJR九州の業績アップの基礎を作られました。
天橋立駅のある京都丹後鉄道の「くろまつ」「あかまつ」「あおまつ」も水戸岡さんのデザインで、石井さんがデザイン戦略について宮津で講演されたことがきっかけです。
石井さんのお父さんは旧帝国海軍の軍人だった為、子どもの頃に全国の軍港を転々とされましたが、お母さんは宮津のご出身で、現在もご自宅と先祖代々のお墓があって、子どもの頃から年に数回里帰りされます。
今回は宮津祭に合わせて里帰りされました。
宮津ロータリークラブにご同席頂いた後、玄妙庵で宮津の再生についてレクチャー頂きました。
現在、石井さんはNPO法人 福岡城市民の会 理事長を務められ、福岡市の町興しの手法等とても参考になります。
私も宮津の再生に向け「焦らず奢らず諦めず」改めて尽力したいと思います。

宮津祭2019始まる!

江戸時代初期に始まった宮津祭は、昭和中期に山王宮日吉神社の「山王祭」に合わせて、和貴宮神社の「東祭」が同日に行われるようになりました。
江戸時代は、武士も参加して「神輿(みこし)」「神楽(かぐら)」「浮太鼓(うきだいこ)」が宮津城の大手門から大膳門を通り抜け、城内と町中を巡回する珍しい祭りだったと伝わります。
今年は公務で宮津祭に参加できませんが、市役所で会議や打ち合わせ中に祭囃子(まつりばやし)が近づいてくると…
未だにそわそわ落ち着きません。
今年の和貴宮神社は、神楽を宮本町、浮太鼓を本町、神輿を魚屋町・万町・新浜の皆さんが担当されます。

地震を予知する「椋平虹」あらわる !?

幸い大きな被害はなかったようですが…
本日午前8時48分に日向灘を震源とする地震があり、宮崎市と都城市で震度5弱を観測しました。
昨日、日本三景 天橋立の夕陽が綺麗だったので、栗田半島の獅子漁港から写真を撮っていると、夕焼けの中に小さな長方形の虹を発見しました。
もしかして椋平虹?…
昔から天橋立の北端 宮津市溝尻の漁師さんの間で、栗田半島の黒崎方向に「日の粉」と呼ばれる短冊のような虹が現れると悪天候や地震が起こるという言い伝えがあったそうです。
そして、1919(大正8)年から1992(平成4)年まで「日の粉」を観測し、数々の大地震を予知した椋平広吉さんという人がいました。
1937(昭和12)年に東京帝国大学地震研究所の藤原咲平 教授が「椋平虹」として世界に紹介しましたが、当時の地震学会では殆ど認められませんでした。
「的中」に固執した椋平さんはハガキを使ったトリックで信用を無くし、椋平虹を反証する学者も現れました。
しかし、「椋平虹には何かがあるかもしれない」という可能性は消えていません。
「根気よく眺めていると言うことは、自然法則発見に対する有力な態度である」という藤原教授の言葉を実践し、現在も「椋平虹」を研究する人がいます。
尚、藤原教授の甥で「八甲田山死の彷徨」などの著者 新田次郎さんの小説「虹の人」のモデルは椋平さんです。

時は今…時こそ知りて…明智光秀と細川ガラシャの父子物語


今日は、明智家の家紋「桔梗(ききょう)」をモチーフに細川ガラシャの足跡を長年辿ってきた「丹後桔梗の会」の皆さんが主催される「光秀玉子の絆展」に伺いました。
ガラシャ直筆の手紙(複製)や人形セットなどが展示され、盛り沢山の内容と同級生のお母さん達でつくる丹後桔梗の会の皆さんとの歴史談義に時間を経つのも忘れました。
「光秀玉子の絆展」は、5月12日(日)までミップル3Fで開催されています。
5月11日(土)13:30~15:00には、ミップル3Fで京都暁星高校で教鞭を執られる玉手幸子 先生の講演「光秀と玉子の父子ものがたり」が開催されます。
Seeing is believing.(百聞は一見に如かず)と言いますが…
是非、中世から近世に移る約400年前の激動期を生きた気丈な貴婦人と宮津に思いを馳せてください。

来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公は明智光秀で、京都府北部の各市町も徐々に企画が増えてきました。
宮津市は光秀の三女 たま(こ)「細川ガラシャ」が天正8年8月2日(1580年9月20日)から新婚時代の3年半を宮津で過ごしました。
地元の一色家と対峙し、12万石の大名として宮津八幡山城に入国した細川家は、海岸に宮津城を築城しながら地盤固めを図る喧騒期です。
この間、天正10年6月2日(1582年7月1日)の本能寺の変で光秀が謀反人となったことから、ガラシャは味土野(京丹後市弥栄町)に1年半幽閉されました。
その後も関ヶ原合戦前の慶長5年7月17日(1600年8月25日)に西軍の人質になることを拒み、大坂で亡くなるまで大坂屋敷と宮津を往来しています。
細川ガラシャの人生は、「気丈な貴婦人」として1698年に欧州でオペラとして発表され、現在も上演されています。
殊にオーストリア・ハプスブルク家のお姫さま達が政治的な理由で他国に嫁がされるガラシャを自分達の身の上に重ね、自らの信仰を貫いた気高さに感銘を受け、マリー・アントワネットやエリーザベトなどの生き方にも影響を与えたと伝わります。

丹後桔梗の会の皆さんは、毎年10月10日前後の3日間、寺町を中心とした市街地をろうそくの灯りで彩る「和火(やわらび)」で、毎年ガラシャの紙芝居や史実の発表されます。
この写真は「丹後桔梗の会」の会場となった旧家です。

2018年のクリスマスイブにはライトアップされる細川ガラシャ像に丹後桔梗の会の皆さんがキャンドルサービスをされました。
背景の「宮津カトリック教会 聖ヨハネ天主堂」は1896(明治29)年に建築され、日本で現存する教会では2番目に古く、現役で使用されている教会としては日本で最も古いカトリック天主堂です。

天橋立の文殊地区にある知恩寺に伝わる「キリシタン灯籠」
昨年末、丹後桔梗の会の皆さんと一緒に訪問しました。
本能寺の変が起こる直前に明智と細川の父子が知恩寺から天橋立に舟を浮かべて茶会を開いています。
「キリシタン灯籠」は、初めて見学しました。

NHKスペシャル 崖っぷち!? わが町の議会

今月行われた統一地方選挙の平均投票率は過去最低…
「政治には興味ない」という方もいらっしゃいますが、地方議会では暮らしに直結する大事な議論が行われています。
しかし、少子高齢化、東京一極集中、退職金も年金もない不安定な地方議員の待遇などで、「議員のなり手不足や不祥事」が深刻化し、現在の議会は存続さえ危ぶまれています。
50分という限られた時間で駆け足の不足感は否めませんが、約32千人の全地方議員を対象にアンケートを実施して、「身近な民主主義」に一石を投じた番組に改めて「地方議会の現実」を考えさせられました。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190427

宮津小学校にクジラが復活!


豊富な資金力で株式や債券を購入する公的マネー「クジラ」の話ではありません…
私の母校・宮津小学校の旧北校舎の傍に1973(昭和48)年度の卒業記念で作られた遊具「クジラ」がありました。
給食室の改築で数十メートル移動し、昨年の北校舎解体で遂に撤去されましたが、今回、2018(平成30)年度の卒業記念でグランドの南西に復活しました。
昔と比べると石をはめ込んだ目と鎖が無くなりましたが、時代を越えて子ども達の歓声で溢れる「クジラ」であり続けると思います。

モンキーパンチさんのご逝去を偲んで

4月11日に81歳で亡くなられたモンキーパンチ(本名 加藤一彦)さん…
ご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
「ルパン三世」は、1967年に漫画アクションで連載が始まり、1971年に初めてテレビ放映されました。
その後、現在に至るまで世代を越えて親しまれています。
当初、「ルパン三世」の監督を務められたのが、太平洋戦争で学童疎開されてから宮津高校卒業までを宮津で過ごされた「大隅正秋」さんです。
大隅さんは、慶應義塾大学の留学生向け講義「静止画表現のアニメ史的な役割」など今も元気に活躍していらっしゃいます。
大隅さんとは、定期的に「東京から宮津を元気にする会」でお会いしますが、まだまだ大隅さんに伺いたいこと学びたいことが沢山あります。

松尾の一本桜


世屋高原の松尾地区にある一本桜がほぼ満開です。
標高約5百メートルの世屋地区は宮津市内で最大の豪雪地帯で、桜の開花も下界より約2週間遅れます。

毎年、厳しい冬に堪えて開花する一本桜は逞しく、孤独、無常や尊厳など生きとし生けるものの命を実感できます。
そして、私達に勇気を与えてくれます。

空家空地対策 ~業界団体と議会の懇談会2019~

今年の産業建設福祉委員会の所管事務調査は「空家空地対策」で、本年1月16日に「宮津市自治会連合協議会」と約1時間半に亘って意見交換しました。
宮津市の空家件数は687件(2018年3月末時点)で、先ず地域ごとの状況と問題点など概況を伺いました。
4月18日は「京都府宅地建物取引業協会 宮津支部」の皆さんと意見交換しました。
不動産会社の立場から「空家対策」について、連絡がつかない所有者など「市との情報共有」や「解体費用の補助」etc.貴重な意見を伺うことができました。
本年6月に所管事務調査の結果を市の理事者へ伝え、政策提言に結び付けたいと思います。

「東京から宮津を元気にする会」の第12回定例会に出席


本会の名誉会長 尾上規喜 フジ・メディア・ホールディングス 常勤監査役(元副社長)のご配慮を賜り、東京で活躍する宮津出身者がフジテレビに集いました。
今回のゲストは吉本興業の竹中功 元専務で、現在も「謝罪力」などの執筆や文化放送の「竹中功のアロハな気分」(毎週日曜日19~20時)の出演など多忙なスケジュールを縫ってご出席頂きました。
お笑い芸人の養成学校「吉本総合芸能学院(よしもとNSC)」の開校、会津若松市や鳥取県など「町興し」の経験に基づいた成功と失敗事例など興味深く多彩な内容でした。

宮津市消防団の春季連合訓練


花冷えとは言いますが…
冷たい雨が降る中、市内各地区の消防団員が日置小学校グラウンドで操法訓練などを披露されました。
市議会から正副議長と消防組合議長、常任委員会の総務文教委員の7名が来賓として出席しました。

宮津出身のミステリー作家 山崎洋子さんが久し振りに新刊を発表されます!

山崎さんは、1986年に「花園の迷宮」で第32回江戸川乱歩賞を受賞され、「ヨコハマ幽霊ホテル」「ホテルウーマン」「熱月(テルミドール)」等、数々の名作を発表していらっしゃいます。
山崎さんの作品は多数の映画やドラマになり、以前はテレビ朝日の「スーパーモーニング」のコメンテーターとしてレギュラー出演され、現在、横浜市の行政や市民活動、講演などでもご活躍中です。
奇遇にも、私は学生時代の太秦のエキストラで「花園の迷宮」の映画版とテレビ版の両方に出演させて頂きました。
https://blog.goo.ne.jp/yokohamaneko/e/a9a447fa86ab3d7515805083a542f1ad?fbclid=IwAR1xGnWejWwW2J5rwQ2Y_w_wLSPaCuBtqAbmplFZYv_SNTMZOApb9RROYEY

散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ


桜が満開で、春爛漫(はるらんまん)の京都市内…
私の学生時代より桜が増えたなあと最近実感します。
JTB添乗員のアルバイトをしていた頃から一番好きな桜の名所 東山界隈を久し振りに散策しました。

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
これは天正8年8月2日(1580年9月20日)から宮津に住み、大坂屋敷を往来した細川ガラシャが関ヶ原合戦前の慶長5年7月17日(1600年8月25日)に西軍の人質になることを拒み、大坂で亡くなる折に詠んだ辞世の句です。

「散り時を心得てこそ花も人も美しい」という潔い強さを桜も感じているのかな?と、ふと思いましたが、実際は如何でしょうか…

因みに、この辞世の句は、実父 明智光秀が本能寺の織田信長に謀反を起こす前に詠んだ「時は今 天が下知る 五月哉」と、天王山の戦いで羽柴秀吉に敗れた折に詠んだ辞世の句「心しらぬ 人は何とも 言はばいへ 身をも惜まじ 名をも惜まじ」を意識したと伝わります。

来年のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」で、細川ガラシャがどんな風に描かれるのか楽しみです。