
今年も天候に恵まれ、町中に祭囃子が溢れました。
江戸時代初期に始まった宮津祭は、昭和中期に山王宮日吉神社の「山王祭」に合わせて、和貴宮神社の「東祭」が同日に行われるようになりました。
江戸時代は武士も参加して、神輿(みこし)・神楽(かぐら)・浮太鼓(うきだいこ)が7万石の宮津城の大手門から大膳門を通り抜け、城内と町中を巡回する珍しい祭りだったと伝わります。

午前11時半、和貴宮神社の神輿が出発しました。

5月15日は、亀ヶ岡が歩行者天国になります。

宮津祭の亀ヶ岡に来ると、未だに胸が高ぶります。

宮津保育所から亀ヶ岡と宮津市街地を望む

和貴宮神社の浮太鼓

石井幸孝 JR九州 初代社長のご実家
江戸時代の祭で宮津藩主のお姫様をお迎えして、神楽・浮太鼓・神輿を見学するお座敷があったので、毎年、宮津祭に帰省されます。

石井幸孝 JR九州 初代社長のご実家に近づく山王日吉神社の神輿
山王日吉神社の神輿は、夕闇と共に漁師町の御旅所(おたびしょ)と石井幸孝さんのご実家の間を往復します。
これは「練り込み」と呼ばれます。
如願寺川にかかる小橋を超えると、「練り込み」は終わって、山王日吉神社の「宮入り」道中を進みます。
「宮入り」と共に神輿担ぎ手の掛け声が変化します。
石井幸孝さんのご実家は、江戸時代に宮津藩主のお姫様をお迎えして、神楽・浮太鼓・神輿を見学するお座敷があったそうです。
山王日吉神社の神輿は、夕闇と共に漁師町の御旅所(おたびしょ)と石井幸孝さんのご実家の間を往復します。
これは「練り込み」と呼ばれます。
如願寺川にかかる小橋を超えると、「練り込み」は終わって、山王日吉神社の「宮入り」道中を進みます。
「宮入り」と共に神輿担ぎ手の掛け声が変化します。
石井幸孝さんのご実家は、江戸時代に宮津藩主のお姫様をお迎えして、神楽・浮太鼓・神輿を見学するお座敷があったそうです。
