催花雨(さいかう)

季節を問わず最近の雨の降り方は、東南アジアのスコールのように激しくなっていますが…
春、早く咲けと花をせきたてるように降る雨のことを催花雨(さいかう)と言うそうです。
コロナ禍の緊急宣言が徐々に解除され、日曜日は久し振りにサラリーマン時代の戦友とファンキーな税理士さんに会い、大雨も重なり観光客も疎らな平等院と醍醐寺等を散策しました。
食事の時もマスクとソーシャルディスタンス、車には大型の空気清浄機を持ち込み、雨が入らない程度に窓を開け…
それはそれで良い思い出になりました。
元気に再会できる日が楽しみです。
平等院は、1994年に登録されたユネスコ世界遺産「古都京都の文化財」の構成物件の一つです。
2010年の修復で鮮やかな朱色に変わりました。
【平等院のHP】
https://www.byodoin.or.jp/
【平等院のWikipedia】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%AD%89%E9%99%A2
中村藤吉 宇治本店の名物「抹茶パフェ」
グラスではなく、竹筒を掘りながら舌を頼りに探検するワクワク感が堪りません。
平等院から歩いて行けます。
【中村藤吉のHP】
https://www.tokichi.jp/
中村藤吉 宇治本店は1854(安政元)年1月の創業です。
【宇治茶のWikipedia】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E6%B2%BB%E8%8C%B6
醍醐寺の唐門(国宝)
元々は朝廷からの使者を三宝院に迎える門として使われていました。
醍醐寺は、1994年に登録されたユネスコ世界遺産「古都京都の文化財」の構成物件の一つです。
【醍醐寺のHP】
https://www.daigoji.or.jp/
醍醐寺の三宝院の庭園
豊臣秀吉が亡くなる年に催した「醍醐の花見」に備えて自ら設計した庭だと伝わります。
三宝院は醍醐寺の座主(トップ)が居住する場所で、1115年に醍醐寺第14世座主・勝覚僧正が創建しました。
最も有名な三宝院の桜は満開でした。
423年前に太閤秀吉が日本中の有名な桜を集めただけあって、この時期は何某ら咲いています。
【醍醐寺のWikipedia】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%86%8D%E9%86%90%E5%AF%BA
霊宝館にる「醍醐の大枝垂桜」(おおしだれざくら)
樹齢180年の大木で、醍醐深雪桜(だいごみゆきざくら)とも呼ばれています。
雪が深く積もっているかのように白い花を咲かせるのが由来だそうです。
霊宝館には他にも40本以上の桜があり、京都最古とされる樹齢100年を超えるソメイヨシノの巨木などが優雅に咲き誇っています。
醍醐寺の西大門(仁王門)
1605(慶長10)年に豊臣秀吉の子・秀頼により再建されました。
方広寺の大仏鋳造など豊臣家の財宝を吐き出させる徳川家康の策略の一つです。
両脇の仁王像は1134(長承3)年の造立で、南大門から移築したそうです。
かつて鬱蒼とした上醍醐の森林が…
2018年に近畿地方を襲った台風21号により大きな被害を受けました。
西大門(仁王門)から金堂や五重塔に向か森林が荒涼とした姿になっています。
クラウドファンディング等で再建を図っていますが、巨費が必要で時間がかかりそうです。
https://www.makuake.com/project/daigoji01/
醍醐寺の金堂(国宝)
醍醐寺の本堂で、豊臣秀吉が存命時の命令で1600(慶長5)年に和歌山県の湯浅から移築されました。
主要部は平安末期の様式を残しています。
ご本尊の薬師如来坐像と左右にある日光菩薩像と月光菩薩像は鎌倉時代に造られたもので、重要文化財に指定されています。
醍醐寺の五重塔(国宝)
951(天暦5)年に建立した京都府に現存する最古の木造建築です。
醍醐天皇のご冥福を祈るために朱雀天皇が起工、村上天皇の御代に完成しました。
拝観はできませんが、内部の壁画は日本密教絵画の源流の一つだと言われています。
将軍塚から京都の夜景を望む
京都タワー以北の洛中ですが、コロナ禍と日曜日で灯りが少ないように感じます。
【将軍塚のWikipedia】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%86%E8%BB%8D%E5%A1%9A